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人工骨頭置換術 −セメント,セメントレスステムの比較−

2022年5月6日

大腿骨頚部骨折に対する人工骨頭置換術は2021年のガイドラインにおいてセメント使用が推奨されることが明文化されました.

(推奨度2,合意率73.3%,エビデンスの強さB)

セメントレスステム,セメントステムともに長所,短所がありますので,現在までの研究内容を検討していきます.

死亡率

・メタ解析において術後30日,術後1年での死亡率に有意差はなかった報告があります.

・しかし術後2日以内での死亡率はセメント使用群で有意に高い(Odds ratio [OR]  1.64)と報告されており,Bone cement transplantation syndrome(BCIS)に留意して手術を志向することが必要です.(C. Fenelon et al, The Journal of arthroplasty. 2020)

BCISとは

・低酸素,低血圧,セメント固定前後に起こる意識の喪失が特徴
・BCISの全体的な発生率は28%
・BCIS grade1,2,3はGrade1でSpO2<94%,SBPの20%以上の低下,Grade2でSpO2<88%,SBPの40%以上の低下,Grade3で心肺蘇生を要する状態と定義され,発生率はそれぞれ21,5.1,1.7%と報告されています.
・BCISの独立した予測因子はASA gradeⅢ−Ⅳ(OR 1.97),COPD(2.02),及び利尿薬(1.92)またはワルファリン(2.69)による薬物療法があります.
・以下に発生頻度と30日,1年死亡率を記載します.発生自体が手術高リスクな患者に生じており,周術期死亡率や予備能低下,高齢等により発生後は死亡率が非常に高くなっています.
BCIS grade
incidence
30-day mortality
1-year mortality
Grade 0
(No BCIS)
72.2%
5.2%
25.2%
Grade 1
21%
9.3%
29.9%
Grade 2
5.1%
35%
48.1%
Grade 3
1.7%
88%
94.1%

(Olsen et al. 2014)

骨折

・術中骨折はRelative risk(RR)0.19,術後骨折はRR 0.36とセメントステムで骨折リスクが低くなっています.

・また術後大腿部痛もセメントステムで有意に低く,初期固定性の高さを反映していると考えられます.

肺塞栓

・最も避けるべき合併症である肺塞栓はセメントステムでRR 4.51と有意に高い結果でした.

ゆるみ(loosening)

・セメントステムでRR 0.47と有意にゆるみが少ない結果でした.

手術時間

・セメントステムでWMDという指標で有意に長くなっています.

その他,心血管合併症,肺炎,脱臼,術中出血,尿路感染,創部感染についても検討されましたが,これらの項目については有意差はありませんでした.

まとめ

・セメントステムは術後超早期の死亡や肺塞栓のリスクが高く,手術時間も長い一方で,その後の死亡率や機能に有意差はなく,逆に術中,術後骨折やゆるみの合併症が少ないため,耐術能が高い患者さんでは積極的に検討すべきと思います.

・逆に手術リスクが高い症例や腰椎麻酔など非麻酔医が麻酔を行い手術をする場合,短時間で手術を終了させたい場合にはセメントレスステムに軍配があがると考えられます.